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甲府地方裁判所 昭和38年(行)2号 判決 1963年10月03日

原告 宮下光臣 外六名

被告 富士吉田市議会

主文

原告らの別紙一及び三の各議決の取消しを求める訴えを却下する。

原告らの別紙二の議決の取消しを求める請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、原告ら訴訟代理人は、「被告が昭和三八年八月七日になした別紙記載の各議決はこれを取り消す。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告ら七名は、被告市議会の議員であるところ、被告市議会は、昭和三八年八月七日原告らに対し、別紙記載一のとおりの懲罰の議決をした。その理由とするところは、(イ)、原告渡辺孝基、同渡辺和広については、原告渡辺孝基が同月五日から同月七日までの間、広島市で開かれた原水爆禁止世界大会への被告市議会代表に指定されながら、病気を理由に出席せず、(ロ)、原告宮下光臣、同小林亨、同佐藤新太郎、同加々美新吾、同太田芳衛については、同年七月二六日被告市議会議長勝俣留治が、議会を招集しておきながら高校のハンドボール大会に出席したことにつき、原告宮下光臣および同佐藤新太郎が右勝俣に対し、「何ごとだ」、「外に出ろ、一匹どつこいでこい」、「大馬鹿者め」などと怒号し、これに原告小林亨、同加々美新吾、同太田芳衛が加勢して、右勝俣を精神的肉体的に圧迫したことがあり、これが議員としてあるまじき行為である、というにある。しかしながら、

(一)  右(イ)については、原告渡辺孝基は、同年八月四日から腹痛下痢を起し、富士吉田市奥脇医院で診断を受けたところ、三、四日間の加療をすすめられたのでやむなく辞退届を提出し、広島市への出張旅費一五、〇〇〇円も返還して世界大会に出席しなかつたものであり、(ロ)については、議長室において前記言動がなされたことは事実であるが、この程度のことは、言動に多少の行き過ぎの点はあるとしても、地方議会においては、いわば日常茶飯のことであり、いずれもとくに懲罰に値する程のものではない。

(二)  のみならず、地方自治法第一三五条に規定する議員の懲罰の対象となる行為は、議会内における議員の言動に限局されるものであるから、原告らの右(イ)、(ロ)の言動がこれに該当しないことは明らかである。また、議員は議会における審議に参加することが至上目的であることから、開会中の議会への出席停止のような処分は、当該議員の出席により議場の秩序が破壊され又は会議を妨害する挙にでるおそれが顕著なばあいに限定されるべきところ、本件においてはこのようなおそれは全く認められない。

(三)  仮に原告らの前記のような行為が懲罰事由に該るとしても、被告議会の右処分は、以下に述べるように明らかに権限の濫用である。すなわち、被告市議会は、三〇名の議員より構成されているが、これら議員達が、渡辺現富士吉田市長を支持する新政会に属する一二名と、堀内前同市長を支持する一八会に属する一八名の二派に分れて対立し、いわゆる与党が少数派であるため市政の運営が円滑に行われず、昭和三八年五月二七日開会以来、議長を選任したのみで審議は全く停とんしていた。その原因は、議員の中から富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合(以下「組合」と略称する。)議会議員九名の選任に関する人事問題に由来し、同組合が北富士演習場の地代、材木等莫大な財産を有しているため、組合議会議員九名の独占を企図した右一八会所属議員らが、懲戒処分に名を借り新政会に所属する原告ら七名の出席権を奪い、その直後組合議員九名を自派議員の中から選任するなど、後記二記載の議決をなしたものである。

二、被告市議会は、昭和三八年八月七日同議会の副議長に渡辺五郎を、右組合議会議員に被告市議会議員中から別紙記載二のとおり刑部進ほか八名を選任する旨の各議決をなした。しかし、前記のように原告らに対する懲罰は違法であり、したがつて議会は適法に組織されていなかつたし、また前記のような事情で、合議機関としての議会の公正な意見の成立が妨げられていたのであつて、被告市議会のなした右二個の議決は違法であり取り消されるべきものである。よつて請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

第二、被告訴訟代理人らは、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因一、については、地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の議決は、議会の自律作用で、司法裁判権の対象とはならない。このことはすでに最高裁判所の判例(昭和三五年一〇月一九日大法廷判決)で明らかにされているところである。

仮に、右懲罰の議決に司法裁判権がおよぶとしても、現在においては既に出席停止期間を過ぎているから、原告らには懲罰議決の取消しを求める法律上の利益がない。

二、請求原因二、については、懲罰議決の取消しを前提とするものであるから、右取消しを求める訴えが不適法である以上、その前提を欠き結局不適法として却下さるべきである。

仮に、右訴えが適法であるとしても、右各議決はいずれも、原告らの権利義務に直接かつ具体的な影響をもつものではないから、やはり不適法として却下されるべきである。

三、なお原告らが被告市議会の議員であること及び被告市議会が昭和三八年八月七日原告ら主張の各議決をしたことはこれを認める。

第三、原告ら訴訟代理人は、被告の右答弁に対し、次のように述べた。

一、出席停止処分は、期間に制限があつても、その期間中は、議員としての権利行使が不能になるのであるから、議員の身分の一時的喪失であり、最高裁判所の判例などが、司法裁判権が及ぶものと判断している地方公共団体の議会の議員に対する除名処分との差異は、単に時間的分量的なものにすぎない。したがつて出席停止処分を司法裁判権の対象外におくことは恣意的判断による裁判の拒否であり、ひいては憲法第三二条に違反する。よつて最高裁判所の判決といえども拘束力を有しない。

二、すでに出席停止期間がすぎていても、(イ)、原告らは出席停止期間中発言権、異議権、議決権等の権利行使自体を完全に剥奪されていること、(ロ)、原告らの議員ないし公民としての過去、現在、将来にわたる名誉信用等の人格権を現実かつ継続して直接に侵害されており、またこれにより再度選挙に立候補した際に不利益を蒙ること、(ハ)、議員としての報酬、手当、費用弁償請求権に影響があること、(ニ)、反対派副議長渡辺五郎の議会運営により、原告らが今後さらに懲罰を受ける蓋然性があり、現に原告宮下光臣は二度目の出席停止処分を受けていることなどの理由により、依然として原告らには訴えの利益が存する。

理由

一、まず、原告ら主張の出席停止の懲罰議決の点について判断する。

およそ、法律上の争訟中には、事柄の性質上司法裁判権のおよばぬものとするのを相当とする領域のあることは一般に是認されているところであるが、地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰議決も特にそれが著しく長期間におよぶものでない限り右裁判権の対象の外にあるものと理解するのを相当とする。けだし、地方公共団体の議会のような自律的団体にあつては、その措置を純然たる内部規律の問題として当該団体に任せるのを相当とし、これに裁判所が介入することを適当としないからである。なお、この点について原告らは、最高裁判所等の判例が、一様に地方公共団体の議会の議員に対する除名処分は、司法裁判権の権限内の事項であると判断しているところ、これと出席停止処分との間には質的な差異がない旨論ずるが、いうまでもなく、除名処分は、完全に議員としての資格を喪失せしめるという重大な結果をもたらすものであるのに対し、出席停止処分は、議員の資格を剥奪するものではなく、一時的に議員としての権利行使を制限するものにすぎないから(このことは、多少形式的な解釈ながら、地方自治法第一三五条が両者を段階的に規定したうえ、除名については特にその議決の方法を慎重ならしめている趣旨からもこれを推知しうる)、両者を全く等質のものと解しこれを同視することは相当でなく、特に本件についてみると、原告らの主張するとおりの事実関係としても、被告市議会の議員である原告らの受けた出席停止の期間は、最長七日間、最短一日間にすぎないから、これをもつて除名処分と同日に論ずることはできず、従つて右懲罰処分の取消しを求める本訴は、不適法といわねばならない。

二、次に被告市議会のなしたという別紙二および三の議決について検討する。

右議会において、その議員中より別紙二記載のとおり前記組合議会の議員九名を選任議決した結果、原告らは、一定期間前記組合議会の議員たることの選挙権ならびに被選挙権を喪失することとなり、かつ右組合議会議員の選挙は、単に被告市議会内部の問題にとゞまらず、右組合との間において当選議員は、右組合議会議員になるという対外的関係を生ずることとなるから、右選任議決は、原告らの法律上の利益に直接影響をおよぼすので、これを行政処分と解するのを相当とする。しかしながら前説示のように、すでに前記懲罰議決の取消しを求める訴えが不適法である以上、他に特別の事情の認められない本訴においては、右議会は、適法に構成されたものという外はなく、従つて前記懲罰議決の取消しを前提として右選任議決の取消しを求める原告らの請求は理由がないことは明らかである。

次に、地方自治法第一〇六条第一項によれば、地方公共団体の議会の副議長は、その議長に事故があるとき、又は議長が欠けたときはこれに代つて同法第一〇四条、第一〇五条所定の職務を行う権限を有することとなるが、かような結果が直ちに他の議員に具体的な法律上の影響を与えることのないことはいうまでもなく、その他に副議長選挙が個々の議員に何らかの法律上の影響をおよぼすことは考えられないから、副議長の選挙をもつて行政処分であるとは解し難く、その取消しを求める原告らの訴えは不適法であることを免れない。

三、よつて、原告らの本訴中、別紙一および三、の議決の取消しを求める部分については、訴えそれ自体を不適法として、いずれもこれを却下し、同二、の議決の取消しを求める部分についてはその請求は理由なしとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀建次郎 奥平守男 神崎正陳)

(別紙)

一、原告七名に対し、それぞれ左記期間の被告市議会への出席停止の懲罰を科した議決

渡辺孝基        七日間

佐藤新太郎、宮下光臣 各三日間

太田芳衛、加々美新吾 各二日間

小林亨、渡辺和広   各一日間

二、富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合議会議員として、被告市議会議員刑部進、小俣義重、渡辺茂利義、宮下軍三、堀内一男、高村市平、舟久保精、桑原逸光、勝俣貢を選任した議決

三、被告市議会副議長に渡辺五郎を選任した選挙

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